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円通寺の寛永寺旧黒門 [時代・新選組]

久々の歴史カテゴリなので書く前から緊張~^^;

荒川区にある円通寺に寄って来ました。今年始めに書いた記事の中で、彰義隊の墓と寛永寺の黒門が移設されたところとして、是非行ってみたいと思っていたところです。

場所はJR南千住から徒歩10分、地下鉄日比谷線の三ノ輪、都電荒川線の三ノ輪橋からだと約5分ほどの国道4号線沿いにあります。

円通寺~寛永寺黒門/彰義隊士の墓

 

南千住駅前の回向院もそうですが、古風なお寺をイメージしていると全然違うことにちょっとびっくりするかもしれません。

国道に面している円通寺。その黒門は通りから少し奥まったところに静かにありました。
一応フェンスで囲んであるにしても、貴重な文化財の割りには無造作に置いてあるような気がしましたが、区の文化財ですとこのようなものでしょうか。個人的には戊辰の決定的な上野戦争の歴史的遺物なのですから、区レベルの文化財にして置くのは惜しい気もしますが。

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さて、見て驚くのは弾痕の多さ。激戦だったと伝えられる通りだったようです。この黒門は寛永寺の8つあるうちの一つの門で、今でい言うと京成上野駅出口に近い場所にあった門。この辺りから上野公園に入り坂を上がると、ほどなく西郷さんの像が建っています。そう、この辺りが彰義隊が激しく応射していたという山王台です。ということは黒門と山王台はかなり近かったということになりますね。

西郷が指揮する部隊がこの黒門口を突破すると、彰義隊は一気に瓦解したというのですがなるほど。黒門口は要だったようですね。

上野公園の彰義隊の墓の場所にある説明には当時の絵が載っています。この絵は小川興郷が後に画家に描かせたもので、雨中の激しい戦いの様子が描かれており、他に残る錦絵と違い史実に忠実とされています。

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この絵の後ろに描かれている門が、この黒門だと思うのですが、そう思ってこの実際のこの黒門を眺めるとなんとも言えない感慨があります。下の写真からも弾痕が見て取れると思います。

kuromon1-320.jpgkuromon2-320.jpgkuromon3-320.jpgkuromon4-320.jpg

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黒く丸く見えるのはほとんど弾痕です。厚い柱の部分以外の部分の弾痕は、ほとんどが貫通していて当時の銃の威力も相当なものだったようですね。

 kuromon6-320.jpgkuromon5-320.jpg

角度によって写しにくかったのですが、左の写真の真ん中辺りの弾痕は後ろの光が見えると思います。このように柱以外の弾痕はほとんどが貫通痕。

最後に黒門の後ろ側から、守備していた彰義隊の目線で一枚。 刻々と迫る決戦を前にして、彼らの胸の中はいろいろな思いが駆け巡っていたでしょうね。140年も前、いえいえたった140年前の出来事なんですよ。

kuromon_ura-480.jpg

上野公園にある彰義隊の墓の場所は、彰義隊戦死者を火葬した場所。ここには2003年まで、管理棟と上野彰義隊資料室があったそうです。今は残念ながら墓所しかありませんが、展示されていたものは台東区教育委員会が保管しているそうです。また展示資料のコピーや名簿の一部、小川興郷関係の未公開(!)の資料は、ご子孫であられるの小川潔氏が保管されているそうです。

小川潔氏は「しのばず自然観察会」を主宰しており、そのホームページには彰義隊墓所のページがあります。2003年に閉鎖になった資料室の「さよなら展示」での展示資料が、バーチャル展示室として公開されています。中には戦死した隊士の妻が、放置された遺体をどうか片付けて弔わせて欲しいと勝海舟に宛てた本物の手紙などもあるようで、是非とも公開の機会をつくっていただきたいと、台東区にお願いしたいものです。

さて、弾痕でお蔵入りになっていた写真を思い出しました。時々出かける先の谷中に、これも彰義隊関連ですが弾痕のある寺があります。日暮里駅より徒歩3分のところにある経王寺の山門です。

経王寺

 

これは上野戦争後敗走した彰義隊士を匿ったために攻撃されたと言われています。黒門とは違って数発の弾痕しかありませんが、今でも使われてる門ですので実際に近くでも見ることが出来ます。

yanakad0.jpgyanakad1.jpg

上野周辺の庶民は徳川様びいきですから、敗走した彰義隊士を体をはってかくまったったこともあったようですからね。

なんか彰義隊関係の史料・資料を探したくなってきますね~。彰義隊だけでなく、当時の上野周辺の様子なんかはとても興味がわいてくるところですね♪

 


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コメント 5

チヨロギ

こんばんは。
円通寺って、南千住にあるのですか。上野に近いような遠いような・・・。
貴重な歴史の証人とも言うべき文化財なのですから、
もうちょっと厳かに展示してほしい気がしますね。
それにしても、弾痕が生々しくて、見ていると胸が詰まります。
台東区が保管している資料も、公開してほしいものですね。
1年に1回、期間限定とかでも無理なのかなー。
もし実現したらぜひ、レポをお願いしまーす( ̄ー ̄)♪
by チヨロギ (2008-11-03 23:56) 

そーすけ

そうなんですよー
おっと、こんばんは~、コメントありがとうございます。
見てのように黒門はなにげにそこにあるって感じで置かれています。
黒門の後ろには、彰義隊士や歴史上の貴重と思われる墓碑も並んでいるんですがねぇ。
寺はこの奥にありまして、ここも寺の敷地内とはいっても、近くに車も駐車していて寺の駐車場の一角と言う感じです。失礼ながら大事にされているという感じはしませんでした。
簡単なフェンスで囲んであるだけで、(防犯カメラはあるのかもしれませんが、)不埒なやつがいたずらしようとしたら出来そうなくらいです。板をはがして持っていかれでもしたらどーするよー。
台東区保管の彰義隊資料も是非みてみたいものです。
そうそう南千住。初めて行きましたが、小塚原回向院が駅前にあるのですが、なんとな~く緊張して脇を通りました^^;ちょっと中には入れないかな~

by そーすけ (2008-11-05 00:52) 

円通寺

円通寺の住職です(^^)
ご指摘のとおり保護の観点からは厳重とはいえません、実際、石碑の転倒破損という事件もありました。それで柵で囲ったのですが、内部の視認性の良い網で高さも低めに作りました。ところが今度は自由に御参りできないとのご批判もあり、現在は内部への戸は開放しております。
やはり、多きの善き人に自由に見学・参詣して頂きたいので、ご理解を賜りたく存じます。
また、当寺のHPを参考ください
http//www6.plala.or.jp/entsuji/
by 円通寺 (2008-11-26 16:29) 

そーすけ

これは!
円通寺のご住職さま!
当拙ブログへ、ご丁寧なコメントをありがとうございます。
記事内容に対するクレームかと思いまして、正直ドキッとしました^^;
HPも拝見しました。なるほど、そんな事件もあったので柵を巡らしたのですね。本当に罰当たりな人がいるもので残念です。
せっかくの広く公開したいという思いとは、相反することになるのは残念で仕方がありません。
最近は日本人も心が荒んできていると思います。なぜでしょう。
いくらなんでもこんなことまではしないという、誰が教えなくてもわかってたことがそうじゃなくなってきたんでしょうかね・・・。先人に対して恥ずかしい思いです。
命をかけて真剣に日本のことを考えて、結果命を落としてまった多くの人に。

黒門や石碑など貴重な歴史的遺産ですので、これらを今まで保存されてきたことは大変なご努力だったと思います。これからも日本人にとっては、必要な歴史証人です。今後も何卒保護をよろしくお願いいたします。

コメントありがとうございました。
今後のブログ記事に間違いや不都合があれば、どうぞご指摘ください。
by そーすけ (2008-11-30 00:14) 

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